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4月、新生活のスタートによせて

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こんにちは。ちゃはちです。

4月から息子は保育園に通い始めました。そして2週間の慣らし保育を終えたのと同時に、妻もいよいよ仕事に復帰。新しい生活のスタートです。

息子の更なる成長への期待に、胸がいっぱいになるのと同時に、生活がまたガラッと変わっていく不安もあったりで白髪が増え、肌のハリも無くなりそうですが、せっかくの節目なので今思うことを記しておきます。

息子、保育園へ

息子にとって保育園へ通い始めるというのは大きな日常の変化です。一年以上日中を家で過ごしていた訳ですから。

そのために慣らし保育があって徐々に新しい環境に慣れさせて行くことになりますが、元々甘ったれで後追いも激しい子です。やっぱりすぐに慣れるようなことは無く、まだまだ朝は大泣きしています。

朝の送りは僕の担当なので、毎朝ギャン泣きの息子を園においていくのが任務となりますが、なかなか「来る」ものがありますね。こう泣かれるとちょっとした罪悪感みたいなものをどうしても感じてしまいます。

もちろん強い子に育って欲しいという気持ちはありますから「頑張って乗り越えろ!」と泣いてすがっていてもサッと保育士さんに引き渡すんですけど。。。やっぱり泣いている息子を置いて行くっていうのがね、分かっていてもいたたまれない気持ちが湧き出てきてしまいます。

朝がそんな感じですから、夜は出来るだけ早く帰って笑っている息子の顔を見たいという気持ちが強くなります。なので帰宅時間は少し早くなったかも知れません。

別にそれによって仕事の質と量が変わったわけでもない(たぶん…)ので、何だ最初からやればできるじゃねぇか、今までは何だったんだよというおはなし。

親の心の甘さが仕事の効率化に繋がるという、なんだかよく分からない現象が起きています。

その内保育園に行くのも平気になって、親から離れても泣くようなことは無くなるのかも知れません。そうなったらそうなったでまた寂しいんでしょうから、今のこの感じをあごが使い物にならなくなるくらい、しっかりと噛み締めていきたいと思います。

妻、仕事復帰

環境が大きく変わるのは息子だけではありません。妻もまた1年半ものブランクを経て仕事をすることになります。

しかも妻の場合、派遣契約で職場は産休前とは違うところです。

もし小心者の自分がその立場だったら…多分ナーバスになって、大好きなヤマザキの薄皮つぶあんぱんですら、5個中4個までしかノドを通らなくなるだろうことは想像に難くありません。

そんな様子を微塵も感じさせず、息子の保育園の事を心配する妻。ホントは色々不安もあるでしょうが僕みたいに分かりやすく動揺しないのが凄いところだなと素直に尊敬します。でも無理せず行こう。完璧主義なところがあるのでそこはちょっと心配です。高田純次の本でも読ませよう。

僕だけ大して変わらない

こうしてみると子供が生まれても育休を取らず、同じ職場でのうのうと同じ仕事をしていた僕は2人に比べると大した変化はないですね。

せいぜい保育園の送りのために今までより早く起きて息子のあれこれをする位なもんで、二人ほどの変化は無いです。ズルいよね。

何だか申し訳ない気持ちになりますが、2人に比べて心に余裕があるであろう僕がしっかりと活躍しないといけないなという気持ちです。

夫婦の役割分担

子育てをする上で夫婦間の役割分担を決めることはまあ普通のことだと思います。我々もそうして来ましたし、新しい生活のスタートにあたり、また新たな分担を決めようとしています。

ただここまでやってきて、ちょっと気をつけないといけないなと思うこともあります。

役割を明確に分け過ぎてしまうと自分のタスクばかりに集中してしまって、相手のやっていることやその大変さに鈍感になってしまう気がするのです。

ともすればそれが、「自分のやっていることのほうが大変」という根拠のない錯覚につながったり、「自分も大変なのだからそれくらい我慢しろ」みたいに、相手への思いやりを失わせることにもなりかねません。

人は自分が大変さを感じていると、反して周りは楽をしていると考えがちです。会社でも自部署の苦労は他部署に比べて大きいとみんな思ってます。そんなことない?ないか。

まぁ会社はともかく、「これは自分の仕事、それはあなたの仕事」みたいな明確な線引きは、相手のしていることへの理解を低下させる可能性があるし、特に夫婦のような小さな小さな社会においてはそれが「孤立」へとつながるかもしれない。

大枠の役割を決めたとしても「自分のタスク以外はノータッチ」みたいなことにはならないように気をつけようと思います。家事も育児も実際にやってみないと分からないことであふれていますから。

公平な役割分担って…

それに「大変さ」なんてものは個人個人が感じる主観的なものです。その人が「大変」だと思えば「大変」なのです。それが全て。

その前提に立てば、役割を公平に分担するなんてことはそもそも不可能です。主観的な「大変さ」をそれぞれに均等配分することは出来ないですから。

だから夫婦において大事なのは、「目の前の大切な人が大変そうにしている時、自分がどう振る舞えるか」ってことでしかないと思います。

相手に辛さや大変さが見えた時にシンプルに何をしてあげられるか。そして気をつけるべきは自分の大変さと相手の大変さを切り離して考えることかな。自分が大変なら相手も大変でいい。なんて思考にならないように。

そうはいっても人間疲れていたり、体調が悪かったりすれば自分のことにしか気が回らなくなったりするし、今はそう思っても常に同じ心持ちで生きてはいくのは結構難しいです。

多少フラフラとしたとしても、軸ははずさず何とか真っ直ぐ進んでいけたらいいなと思います。よし。がんばろう!

でもやっぱり気負いすぎも良くないので、とりあえず高田純次の本を読もうと思います。

では、また。

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