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40歳で初めて父になる僕のブログ

妻(39歳)の初産までの軌跡とその後を、夫(40歳)の視点で綴ってみます。

無理解が生むマタニティマークの間違った解釈

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こんにちは。ちゃはちです。

 

妊婦の皆さんが付けているマタニティマーク

 

もちろん僕の妻も付けていますが、

 

「つけたくない」

 

「目立たないようにしたい」

 

と、思う場合もあるようで…

 

 

マタニティマークの趣旨

 

 厚生労働省のホームページによれば、マタニティマークとは、

 

    • 妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくするもの。さらに、交通機関、職場、飲食店、その他の公共機関等が、その取組や呼びかけ文を付してポスターなどとして掲示し、妊産婦にやさしい環境づくりを推進するもの 

 

となってます。

 

「周囲に妊婦であることを周知する」

 

ことと

 

「妊婦にやさしくする社会をつくるための啓蒙」

 

ということですね。

 

妊婦であることを知らせる意味

 

もちろん電車で配慮を受けるとか、その他の日常生活で気を使ってもらえることの意味は大きいと思います。

 

でも、もっと大事なのは何か大きな事故があった時。

 

もしその人が妊婦であるということが分からなかったら、対処を誤ることも考えられます。

 

特に妊娠初期でお腹の大きさも目立たない時期には、そういった万が一のために、マタニティマークによって見ず知らずの第三者にも妊婦であることを知らせることは非常に重要だと思います。

 

でも、かえって嫌な思いをすることがある現実

 

そんな大切な意味のあるマタニティマークですが、つけていることによって逆に嫌な思いをすることがあるという声も聞こえてきます。

 

足をひっかけられるなど危険な目にあったとか、心無い言葉を浴びせられたとか、本来の趣旨とは正反対の出来事に心を痛めている妊婦さんが多いようです。

 

どうしてこのようなことが起こるのでしょうか?

 

 マタニティマークをこころよく思わない人

 

悪意をもって嫌がらせのようなことをするなんていうのは、言語道断で全く許せない話です。

 

が、かつて自分自身マタニティマークに対して少しだけ違和感みたいなものを感じていた事実が実はあります。

 

この感情をあらためて客観的に考えてみると、人間の身勝手さに由来する間違ったマタニティマークに対する解釈が、こういった心無い言動に結びついているんではないかと思えてきました。

 

頼むから俺の前に立たないでくれという身勝手

 

正直な話、自分が疲れて電車の座席に座っている時、目の前にお年寄りなり、妊婦さんなりが立った時に

 

「なんで俺の前に立つんだよ!」

 

という身勝手な感情が湧いてきたことは過去に何度かあります。(はいひどいです)

 

これは、「お年寄りや体の不自由な人、妊婦さんなどには席を譲るのが善」

だということが分かっているがゆえに感じるもので、自らの善意で席を譲るというより、社会通念というか、マナーというか、一般常識というか、そういう社会の空気によって半ば強制的に席を譲らなければならなくなったことへの身勝手な不満です。

 

心に余裕のある時は自発的に相手を思いやることができたとしても、疲れていたり、体調が悪かったりすると他人を思いやる気持ちが薄くなってしまうというのは、僕だけじゃないと思います。(え?違う?僕の心が狭いだけ?)

 

それに、マタニティマークというのは周りに対してアピールするアイテムですから、余計に

 

「その席を譲りなさい。私は妊婦ですよ」

 

と主張されているという被害妄想を感じやすく

 

「ちぇっ、なんだよ」

 

という気持ちにさせるのではないかと思います。

 これはマタニティマークを善意の強制アイテムと捉えることで感じる反発です。

 

 もちろん僕はそういう感情が相手に悟られないように、ちゃんと席を譲るか、寝たふりをするか(おい!)ということをするのみで、決して相手に対して反抗的な態度を取ったり、心無い言葉を投げつけたりしたことはありません。

 何のフォローにもなってないですが…。

 

で、妊婦さんサイドも特に人の気持ちに敏感な人は、

 

「態度には出してないけど迷惑がられているかもしれない」

 

と警戒して

 

マタニティマークはあまりつけたくないな」

 

となるケースもあると思います。

 

僕の妻はこのタイプです。

 

マタニティマークを正しく理解しよう

 

冒頭にも書いた通り、マタニティマークは、大変で重要な時期である妊婦さんをトラブルから守り、社会全体で支えていく為のものです。

 

決して電車内で席を譲ってもらうための印籠ではないし、そう思っている妊婦さんもいないと思います。

 

それは妊婦でない側の勝手な被害妄想であり、相手への無理解から生じているということを認識しなければいけません。

 

僕自身妊婦の夫となって、初めて妊娠期の体調のむずかしさや大変さが分かりました。

 

やはりそれまではどこかで

 

「そこまで大変なの?」

 

という気持ちがあったんだと思います。

 

妊婦さんが堂々とマタニティマークを付けられる社会になるためには、この趣旨を捻じ曲げずに理解するようにしなければいけないですね。

 

マタニティマークの趣旨そのものが、妊婦を正しく理解するための啓蒙でもあるわけですから。

 

今回は過去の懺悔の想いを持って、比較的まじめに書きました。

ではまた。