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40歳で初めて父になる僕のブログ

妻(39歳)の初産までの軌跡とその後を、夫(40歳)の視点で綴ってみます。

アラフォー夫婦の出産記③〜ついに誕生そして退院まで

 

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こんにちは。ちゃはちです。

 

前回は手術室前で帝王切開が終わるのを待つところまで書きましたので、その続きを。

 

真夜中の手術室前。1人手術が終わるのを待つ夫。なんか、テレビで見たことあるようなシチュエーションですが、不安でたまらなかったですよ。

 

前回までのお話↓↓

www.forty-to-son.com

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どうやって待つのが正しいのか

 

横長のイスに腰掛け、ジッと待つのみ。携帯なんていじる気にもならないですし、それは不真面目な気がします。

 

ここまでのことを色々思い出しながらただひたすらに待ちますが、何かしら役に立ちたいという気持ちは宙ぶらりんです。

 

もう祈り、想いを馳せるしかありません。しかし日頃から不信心な僕は祈り慣れてませんので、手をどこにやろうか、目は閉じたほうが良いのか、足は組まない方が良いのか、視線はどこにやるべきか、どうでも良いことに悩みます。

 

なので、終始モゾモゾと落ち着かない様子。夜中でほとんど人が通らないので良いんですが、もし見られてたらきっと挙動不審だったと思います。

 

聞こえてくるのは空調の音だけ。暗く静まり返った廊下の雰囲気がより心配をかきたてます。

 

泣き声が聞こえた?

 

妻が手術室に入って数十分。相変わらず空調の「ゴーッ」という音だけが鳴っていましたが、よーく耳を澄ますとその音の裏側に隠れるように、かすかに「おぎゃー」という声が聞こえたような気がしました。

 

「生まれたか!?」「いや気のせいかな?」ほんとにかすかに聞こえたような、そんなレベルでしたので今でも確信はありませんが、僕のソワソワレベルはマックスに。

 

「早く誰か出て来てくれ。そして状況を教えてくれ!」

 

手術室の扉は真ん中がすりガラスになっていて明かりだけが漏れています。時たま人影が見えることもありましたが、基本的には中の様子はほとんどうかがい知れません。

 

この後はもうずっと手術室の扉を凝視していました。それはもう睨みつけるような視線で。

 

生まれた!!!!!

 

ここからどれ位時間がたったのでしょう。きっとそれほど長くはなかったのでしょうが、僕にとっては非常に長く感じられました。そしてついにその時がやってきました。

 

手術室の扉の向こうに人影が...。ほどなく扉が開きました。出てきたのは助産師さんです。

 

扉から僕が座っているイスまでの距離は10メートル位だったでしょうか、こちらに向かって来ます…。僕までの距離8メートル、6メートル、そして5メートル…

 

「無事生まれましたよ。元気な男の子です。おめでとうございます。」

 

待ちに待っていた報告です。僕はうれしさというよりもとにかくほっとした気持ちが強く、思わず「よかった…」と言う言葉が口をつきました。

 

「妻も大丈夫そうですか?」

 

「ええ、大丈夫です。今赤ちゃんと対面中ですよ。この後赤ちゃんだけ先に出てきますので、一度一緒に産科病棟に戻って下さいね。」

 

「わかりました。ありがとうございます!」

 

深夜1時46分。僕が病院に向かうため家を出てから1時間46分後。妻が入院してからほぼ2日後、忘れられないあの日から約1年5か月後…。ついに僕たちは父と母になったのです。

 

ご対面

 

助産師さんに報告をもらってから、正確には覚えてませんが10~15分後位でしょうか。再び手術室の扉が開き、別の助産師さんが透明なケースがのったワゴンを押して出てきました。ケースと言っても完全な箱ではなく、あの「押すなよ、絶対に押すなよ(押してくれ)」でおなじみの熱湯風呂を小さくしたようなやつです。表現力が無くてすみません。

 

どんどん近づいてきます...。中で小さな物体がうごめいています...。

 

ついに僕の目の前に…。目が開いてます!!目があいました!!!(見えてはないと思うけど)

 

「ほら、パパが待ってくれてたよー。」

 

助産師さんが赤ちゃんに話しかけます。

 

「すごく元気ですよ。」

 

という助産師さんに、僕は「ありがとうございます。」と返そうと思いましたが、言葉になりませんでした。

 

もうダメでしたね。泣いちゃう。嬉しさと、ホッとしたのと、色んな思い出と、感情がミックスされて抵抗できませんでした。

 

初めての抱っこ

 

そのまま産科病棟へ戻り、助産師さんが慣れた手つきで一つ一つ我が子の身体をチェックしてくれます。目、鼻、唇、耳、手の指、足の指、心音、身長、体重。確認しながら僕に見せてくれました。

 

流れるような、それでいて全く雑さを感じないお仕事ぶりに「すごいなー」と感心してしまいます。

 

そして服を着せてくれた後、いよいよ抱っこさせてもらいます。自分の腕の中に入ると一気に小さく見えます。でもあたたかくて生命を感じました。ようこそ外の世界へ。

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写真をとってもらい、ここでいったん赤ちゃんとはお別れ。再び手術室前へ戻り、今度は妻が出てくるのを待ちます。

 

がんばったね

 

手術室前に戻ってからもそこそこ待ちましたが、やっと妻がストレッチャーに乗って手術室から出てきました。下半身のみの麻酔なので意識はあるものの、やはり少しぼーっとしていたようです。

 

「お疲れ様。よくがんばったね。」

 

と声をかけると

 

「いんや、何にもしてないよー。」

 

とつぶやくように言う妻。

 

助産師さんも

 

「何言ってるの。すごく頑張ったじゃない。」

 

と言ってくれました。

 

後から分かったことですが、妻は手術が始まる時から震えていたそうです。手術のため体温を意図的に下げたということもあるのですが、怖さがあったとか。そんな自分を「ふがいなかった。」と振り返る妻。

 

日頃から自己採点が厳しいので、らしいと言えばらしいのですが、ふがいないなんてとんでもない。すごく頑張りましたよ。

 

つわりから始まって、ギリギリまで仕事をして、産休に入っても色んな準備に明け暮れて、水も飲めない中、薬の陣痛にも耐え、そして無事にこの子を産んでくれました。ホントがんばったね。ありがとう。

 

その後妻は病室に戻りますが、足には血栓防止のエアマッサージャーを付け、痛みどめの点滴を背中に刺し、手には別の点滴、そしてカテーテルの重装備。戦場から帰還した兵士のよう。勇敢に戦った兵士です。

 

もう明け方近くで声を出して会話をするのもはばかられましたので、携帯に文字を交互に打ち込んでちょっとだけやりとりをしました。

 

とりあえず赤ちゃんの様子が知りたいとのことだったので、身長と体重、とても元気で完全に妻似であることを伝え、抱っこした時の写真をみせました。

 

ここでいったん僕は帰宅。時刻は明け方4時頃だったでしょうか。翌日は祝日なので仕事への支障はありません。「いいタイミングで生まれてくれたな」と親孝行な我が子と妻に感謝しながら、「ここで事故ったら台無し」と自分に言い聞かせながら安全運転で家に戻りました。

 

徐々に回復する妻と食材消費で太る夫

 

翌日(というか当日)も妻はまだまだ動けるような状態ではありませんでした。赤ちゃんは新生児室にいるので、まだ世話をするようなことはありません。まずは自分の回復が先です。

 

それでもお願いすれば一時的に病室まで赤ちゃんを連れて行くことができたので、ベッドに横たわる妻の隣にちょっとだけ寝かせてもらいました。

 

ここで写真をとったのですが、何だか小田和正の曲が流れてきそうなすごく良い画が撮れました。自分の傍らにいる我が子を首だけひねって見つめる妻。何だかほっこりする感じです。本人はまだまだ余裕がなかったとは思いますが。

 

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翌日になると足のマッサージャーは外され、カテーテルもなくなりました。まだヨチヨチ歩きですが自分で歩くこともできるように。次の日、また次の日と時間が経過するにつれ妻は回復していきました。

 

母児同室も始まり、常に一緒にいる事ができるように。おむつの交換、授乳など基本的には自ら行うことになり、それなりに負担は増えてきますが、これからの子育てに向けての準備を着々と進めていきました。

 

一方夫は…。さみしい…。仕事の日は無理くり定時であがって病院へ向かっても、面会終了まで1時間しかありません。

 

あっという間に面会時間は終わり、暗ーい部屋へと一人帰っていきます。共働きですが、だいたい妻の方が帰りは早いので慣れてないんですよね。寝る前にその日に撮ったわが子の写真や動画を見てさみしさを紛らわせていました…。

 

それから、バタバタと入院してしまったので、冷蔵庫の中には2人分の食材がたっぷりある状態でした。もったいないので出来るだけ消費せねばと、かなり強引に食べまくりました。

 

ご飯も1人だと何合炊くのがちょうどいいのかよく分からず、とりあえず炊いてみると、中途半端な量が余ってしまったので、「食べちゃえ」と残りもイッキ食い。

 

そんな生活を1週間ほどした結果だいぶ太りました。幸せ太り?違うか。

 

そして退院へ…

 

破水から入院、陣痛待ち、帝王切開という流れでしたので妻の入院期間は約11日間と長いものになりました。ちなみに妻は入院というものをしたのはこれが初めてです。

 

退院当日の午前中。有給を取った僕は役所へ行って、出生届けや諸手当ての手続きを一気に行いました。名前もいよいよ決めた訳ですが、ギリギリまで二つの候補で決めきれず、最終的に「最初に考えた方!」という僅差の判定により決まりました。

 

役所には出生届けを出した場合のお決まりルートが設定されており、「この次はここの窓口。その後にこっちの窓口にいって手続きをして下さい。」と適時案内があったので、迷い無くスムーズに手続きを終えることが出来ました。

 

その足で病院へ向かい、いよいよ退院です。もちろんうれしいんですが、短い間でも高揚感をもって通ったこの病院もこれで最後かな、なんて思うとほんの少しだけさみしく感じます。もうすっかりさみしがりおじさんです。

 

この後息子を初めてチャイルドシートに乗せたのですが、さっそくここでちょっとした失敗。肩ベルトの長さが足りず長く伸ばしたいのですが、どうやっても伸びてくれません。

 

取り付け時に予習はしていたんですが、すっかり忘れてしまっていました。説明書は家に置いてきてしまっています。焦りながら必死に作業をして何とかベルトを伸ばすことに成功。初めて乗せるときは説明書を必ずもっておきましょう…。

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と、まぁ、最後までバタバタの出産記でしたが本当の始まりはここから。いよいよ「子育て」という未知のステージへエントリーです。

 

正直無事に生まれてくれることまでを、まずは考えていましたので、その先のことはあまり想像できていませんでした。きっとこれからもバタバタとやっていくのでしょうし、大変なことも多いでしょう。

 

そんな時にはこの時の気持ちを思い出し、立ち向かって行ける様にこの記事を自分の備忘録としたいと思います。

 

もしこんな長々とした文を最後までお読みいただいた物好きな方がいらっしゃいましたら、心の中で「がんばれ」と言っていただけますと幸いです。

 

では、今回はここまで。さようなら。