40歳で初めて父になる僕のブログ

妻(39歳)の初産までの軌跡とその後を、夫(40歳)の視点で綴ってみます。

僕と野球と父と息子の話

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こんにちは。ちゃはちです。

 

興味のない人には全く興味のない話だと思いますが、今年のプロ野球もいよいよ大詰め。

 

僕も小さい頃から野球が好きで、球場にもぼちぼち足を運びますが、小さな少年が親に連れられて来ているシーンもよく見かけます。

 

親子で好きなチームを応援する…

 

ちょっとした憧れです。

野球が好きになったのは多分父の影響

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僕にとって野球は小さな頃から身近なものでした。

 

2、3歳の頃、家の前でプラスチックバットを振ったり、ゴムのボールを投げたりという記憶が昨日のことのようにハッキリ残っています。いや、ホントですって。

 

もちろん時代的に野球という娯楽の占有率が異常に高かったということもあるだろうけど、おそらく僕にとって野球がこれだけ身近だったのは父の影響です。

 

僕の父はもうすぐ77歳になります。

 

戦時下で少年時代を過ごし、中学を卒業後すぐに働きに出ました。生きるためには、とにかく働くことが優先される時代です。

 

後に鉄骨職人になるのですが、初めての職場は材木屋だったそう。でも、どんな仕事をしていたのかはほとんど聞いたことがないです。

 

それよりも、その材木屋には野球チームがあって、父がそのチームのエースとして大活躍していたという自慢話は相当な回数聞いています。というか聞かされました。

 

そして投げすぎて肩を壊してしまったが、あのまま活躍を続けていたら、プロ野球チームからスカウトが来たかも知れないという、なんの根拠もない話も同じくらい聞いています。というか聞かされました。

 

そんな父だったから、割と早い段階で僕に野球を教えたのだと思います。

 

毎晩のように一緒にテレビでナイターを見ていたし、キャッチボールもたくさんしてもらいました。

 

確かにキャッチボールのとき、父の腕は肩から上の位置には上がらず、完全に肘が下がっていました。

 

それでも送球はしっかりとコントロールされていてスピードもあったから、プロのスカウトはともかく、それなりにうまかったのだろうなとは思います。

 

ただ実際に見てないからなー。見てみたかったなー。 

 

ヤクルトスワローズファン

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テレビで野球というものを見るようになってすぐ、僕は特定のチームを好きになりました。

 

そのチームは「ヤクルトスワローズ」。

 

理由は「青」が好きだったから。子供が何かを好きになるきっかけなんてそんなもの。

 

確か3歳頃からなので、かれこれもう38年位のファン暦です。

 

そんな僕を父はよくスワローズの本拠地である神宮球場に連れて行ってくれました。

 

好きなチームの試合が見られるだけではなく、好きな弁当を買ってもらい、ジュースを買ってもらい、グッズを買ってもらう。

 

このあたり母よりもずっと「ゆるい」ことを知っていたので、父子二人だけで出かけるのを密かに楽しみにしていました。

 

もちろん物だけが目当てではなく、純粋に父と出かけるというのは、男どうしの、何とも言えない特別感があったんですよね。

 

 

ところで、東京を本拠地にする球団がもう一つ。いわゆるひとつの「球界の盟主」と呼ばれるチームがあります。

 

そう「読売ジャイアンツ」です。

 

テレビをつければ放送されている試合はほとんどがジャイアンツの試合でした。新聞も一番大きく紙面をさかれるのがこのチーム。

 

小さいころは僕にとっても身近な存在でしたから、スワローズファンでありながらも、好きな選手が結構いました。

 

ところが、年を重ね、自我が強くなり、「スワローズファンである」ということがアイデンティティとして確立されてくると、この「ジャイアンツ」という球団への思いが変質していきます。

 

絶対的な資金力で他球団の選手をどんどん獲得し「我々は常勝が使命なのだ」とこれを正当化する。

 

そんな姿に徐々に反発を覚えるようになりました。気がつけばいわゆるひとつの「アンチジャイアンツ」の誕生です。

 

今考えると、営利目的の組織であれば当たり前の行動に過ぎないと理解できますが、当時は「清貧のスワローズ」が「金持ちのジャイアンツ」に挑むという構造に、勧善懲悪の幻影を見ていたんですね。

 

とにかく「アンチジャイアンツ」へと変貌を遂げた僕は、以降ジャイアンツへ悪態をつき始めます。

 

ナイター中継を見ては、テレビ向かって文句を言い、ジャイアンツが負けるのを願っていました。

 

まあアンチ活動は主に家の中だけ。外ではやらないあたり、それなりに分別のある子供ではありましたが。

 

父はジャイアンツファン

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さて、家庭内に立派なアンチジャイアンツが育っていきましたが、実は父はジャイアンツファンです。

 

初めて連れて行ってくれた試合は後楽園球場のジャイアンツ戦でしたし、初めて買ってくれた野球帽はジャイアンツの帽子でした。

 

まだアンチの芽が出ていなかった当時の僕にしてみたら、初めて球場に連れて行ってくれた時は本当に楽しかったし、帽子を買ってくれた時もとてもうれしかったことを昨日のことのようにはっきりと覚えています。いやウソじゃないです。

 

父は本当は僕をジャイアンツファンにしたかったでしょう。当たり前だと思います。自分の好きなものを子供にも好きになって欲しい。自然な感情です。

 

しかし息子は他球団のファンになってしまった。しかも自分が好きな球団のアンチになってしまった。

 

正直今まで僕はそんなこと何にも気にしていなかったです。でも僕にも息子ができ、ふと考えた時、あー、そうだったなぁと。

 

息子のため、父は例え対ジャイアンツ戦であっても、神宮球場のライトスタンド、スワローズ応援席で試合を見つめ、得点が入るたびにビニール傘を開いて「東京音頭」を一緒に歌ってくれました。どんな心境だったろうか。

 

少し前に父にそんなことを聞いてみたら

 

「いやー、失敗したわー。ジャイアンツファンにするつもりだったのになー。」

 

と笑って言っていました。

 

息子はどうなる

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最近僕の息子はゴムボールを使って遊ぶようになりました。

 

ですので、床に座り、ボールを転がし、それを拾った息子が「フンッ」と投げ返す(といっても下にたたきつけるだけですが)という遊びを良くしています。

 

自分にとってはもうキャッチボールを始めたような気がして、それだけでうれしくなってしまいます。

 

とは言え、息子がこれから成長してどんなものを好きになり、選んでいくのか。

 

自分としてはもちろん野球をして欲しいし、スワローズファンになってもらいたいと思っています。

 

もう少し大きくなったら神宮球場へ連れて行って試合を見せると思います。

 

きっとその時は、妻より甘く、好きな食べ物を与え、ジュースを与え、グッズを買い与えることでしょう。

 

でも、僕がそうだったように、そんな親の意に反し、別のチームのファンになるかも知れません。そもそも野球に興味を持たなかったりすることも考えられる訳で。

 

そんな時には、僕の父がそうしたみたいに、彼が好きになったものに付き合い、応援し、そして晩年に「いやー失敗したわー」と笑って言えるじいさんになれたらいいな。そんな風に思います。

 

あとはとりあえず、僕もプロのスカウトが来たくらいのフィクションを今のうちに作っておこうかな。。。

 

本日はこの辺で。ではまた。